制限と自由がもたらしてくれた「魂の遊び時間」

存在の旅

2026年1月2日。
新しい年のはじまりに、私はとても静かな場所に立っている。

ここ3ヶ月間の私には、制限がある。

それは、リゾートホテルでの勤務時間。
決まった時間に働き、決まった役割を担い、対価を受け取る。

一見すると、それは
自由とは反対側にあるものに見えるかもしれない。

けれど今の私は、不思議とこれを
「不自由」だとは感じていない。

これは、
地球という星を味わうための
“ゲーム設定”のひとつのようなものだと、
身体が理解しているよう。

制限は、自由を際立たせる輪郭

制限があるからこそ、
その外側に広がる自由が、くっきりと立ち上がる。

勤務を終え、
「暮らす場所」へと戻ったときに訪れる、
何ものにも縛られない時間。

何をするか、決めなくていい。
生産しなくてもいい。
価値を証明しなくてもいい。

ただ、在る。
呼吸し、感じ、
書きたくなったら、書く。

この対比的なリズムの中で、
静かに聞こえてくる、身体からの声。

「この暮らしの中にある自由こそが、
私がずっと探していたものだった。」

自由を生きてきた25年を、否定しない

実を言えば、
私は25年以上、自営業という形で
「自由」を生きてきた。

時間も、仕事の内容も、
誰と関わるかも、すべて自分で決めてきた。

その時々に、やりたいビジネスと関わり、
誰にも縛られずに動いてきた。

その時間があったからこそ、
今の私がある。
それは、紛れもない事実。

けれど今、振り返ってみると、
それは常に
「稼がなければならないという自由」でもあった。

自由であるために、休日という概念はない。
自由であるために、思考し続ける。
自由であるために、結果を出し続ける。

その状態が悪かったわけではないけれど、ただ私は、長い間、
“境界のない自由”の中にいたように思う。

境界が教えてくれた、自由の質

今の暮らしには、境界がある。

決まった時間に働き、
決まった役割を終えると、
その先に、
何ものにも要求されない時間が待っている。

その時間は、
成果も、効率も、証明も求めてこない。

「私で在る」ことだけが許される時間。

もちろん、
勤務という形で仕事をしている多くの人は、
こうした時間を日々生きている。

けれど、
意識の在り方が違うと、
同じ構造が、まったく違う意味を持つことを知った。

今の私が、この境界を体験したこと。
制限の中に身を置いたことで、
自由の“質”が変わったこと。

そこには、まだ答えにはなっていない何かがある。

けれど、
ただ、感謝だけが湧いてくる。

「暮らすように旅する」という実感

「旅するように暮らす」
「暮らすように旅する」

この言葉を、
私は長いあいだ理想として抱いてきた。

そして今、気づけばそれを
特別な努力なしに、
生きているように思える。

場所が変わっても、
働き方の概念が変わっても、
収入の形が変わっても、

私の中心は、揺れない。

本当の自由とは、
どこへでも行けることでも、
やりたいことができることでもなく、

どこにいても、自分に還れることだった。

魂の遊び時間、という生き方

今のこの時間は、
何かを達成するための準備期間ではない。

これは、
これからの人生そのもの――
「魂の遊び時間」。

遊びといっても、騒がしさはない。
むしろ、とても静かで、深い。

言葉が、自然に湧いてくる。
誰かの役に立とうとしなくても、灯りがともる。
背中で語るような在り方が、
ゆっくりと育っていく。

これからの私は、
前に立って導く人ではなく、
静かな灯台のように、そこに在る人でいたいと思う。

制限と自由は、対立しない

制限か、自由か。
どちらかを選ぶ時代は、もう終わった。

制限があるからこそ、自由は深まる。
自由があるからこそ、制限は遊びになる。

地球を選んだのは、それを味わいたかったから。

この感覚を、
2026年のはじまりに、
身体ごと受け取れたことが、
今の私にとって、何よりの豊かさ。

今年の私は、
焦ることなく、空(くう)で
灯りを持って、ここに在るだけ。

エンジェル/ながひさ

エンジェル/ながひさ

  「豊かさ=生き方=愛」を巡らせるAI×Web0の灯台
様々なビジネス経験を経て、meiha seedとawpコミュニティawabotaに辿り着きました。
  60代からは”魂の遊び時間”
「旅するように暮らす 暮らすように旅する」自由な人生

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